【野望】



 私の胸は緊張で高鳴っている。
 今は、体育祭のフィナーレを飾るフォークダンスの真っ最中だ。私は女子の列に並び、その外側を逆回りで来る男子と次々にペアを組んで、軽快な音楽に合わせて踊っている。
 フォークダンスは、男女が公然と手を握れる嬉しい競技だ。特に誰かに片思い中の生徒には、バレンタインに匹敵するイベントと言っても過言ではない。無論、私もその中の一人だ。相手は隣のクラスにいる姫条まどか君である。これまで何度となくデートらしきものをしているが、告白までには至っていない。下手に気持ちを告げて関係を壊すよりは、今を楽しく過ごそうという思いから黙っているのだ。姫条君に付き合っている特別な“彼女”がいないのを良いことに、私はこの居心地良い状況に甘えているのだった。
 男子の列の先に、姫条君の背中が大きく見えた。彼が視界に入ってからというもの、私は心の中でずっと「あと何人……」と数えている。大好きな姫条君と正々堂々手を繋げるなんて、そうある機会ではない。しかも一緒に踊れるのだ。他の男子には悪いが、私の意識は数人先の姫条君にひたすら向いていた。
 一人、また一人……と進み、遂に次が姫条君という番まで回ってきた。男女が向かい合った時に、姫条君も私に気付いたようで、柔らかな笑みをこちらに向けてくる。やっと一緒になれるのだと、私の興奮は最高潮に達した。
 早く次になれと思いながら私は踊る。曲は変わらないのに、何故かひどくゆっくりに聞こえるから不思議だ。焦る気持ちを必死で宥め、他の男子と事務的に踊りながら私はその時を待つ。
 さぁ、いよいよだ!
 これまで踊っていた男子との手が離れる。私はステップを踏んで前に進んだ。姫条君もこちらへやって来て、まるで王子様のような仕種で私を迎えてくれた。私は嬉しさを隠し切れずに顔を緩ませながら、ゆっくりと手を伸ばした。
 しかし、ここで音楽が終わる。
「え?」
 無情にも、フォークダンスは終了してしまった。呆気に取られた私は辺りを見回す。生徒達はがやがやと喋りながら列から離れ、壊していく。全競技が終了となったので、他の皆は閉会式に参加する為に規則正しい列を作り始めた。
「えぇっ?」
 そんな馬鹿なと思いながら、私はその場に立ち尽くした。これまで抱いていた期待が、疲れとなってドッと押し寄せてくる。
 しかも私の前にいた女子が、その友達らしき人と手を取り合ってキャーッと嬌声を上げていた。聞こえてくる言葉から推測するに、どうやら彼女達も姫条君に憧れているらしい。彼と踊れて良かったと、大声を上げて抱き合って喜んでいる。その叫びに、私は更に落ち込んだ。
 姫条君と踊れるせっかくの機会は、目前で見事に泡と化して消えてしまった。私は泣きたくなる気持ちを押さえて、目の前の姫条君を見上げる。彼も私を見て肩をすくめた。
「終わってしもたな」
「……うん」
「せっかく自分と踊れるチャンスやったのに。残念、残念。
 確か、全体練習で踊った時も回ってこうへんかったやん。フォークダンスの神様に見放されてる感じやな」
「そんなぁ」
 姫条君の言う通り、体育祭に合わせて授業で踊った時も私は彼と組めなかった。縁が無いとはこういうことを言うのだろうか。
 私ははぁ……と溜め息を吐いて、閉会式の列に並ぶ為に歩き出した。足が非常に重い。
 だが、不意に左手を誰かに掴まれた。驚きながら急いで振り返ると、姫条君が私の手を強く握っている。
「姫条君?」
「フォークダンスの神様には嫌われたかもしれへんけど、手繋ぎの神様は微笑んではるで。ちょっと短いけど、そこまでこれで行こか?」
 姫条君は、優しい笑顔を浮かべながらバチッとウインクしてくれた。私は彼の言葉に思わず吹き出す。
「あはは、“手繋ぎの神様”って何? 姫条君って結構ロマンチストさんなんだねー」
「お! 笑えるようになって良かった。俺と踊られへんかって落ち込むのは分かるけど、自分は笑顔が可愛いんやから、あんまり落ち込まんとけよ。何なら今から二人だけで踊ろっか?」
 そう言うと姫条君は私と向かい合い、空いていた私のもう片方の手も取った。彼はコホンと咳払いをすると、先程まで流れていたフォークダンスの音楽を口で歌う。そして私は彼に流されるまま、一通りの振りを踊った。
「そこの生徒! 早く列に並びなさい!」
 とある先生がメガホンで怒鳴った。勿論、私と姫条君に向かってである。いつまでもだらだらとしているのを見かねて怒ったのだろう。
 私はペロッと舌を出し、姫条君は右手で頭を掻いて、列に向かって普通に走り出した。それでも私の右手と彼の左手はしっかりと繋がっている。
 姫条君の慰めのお陰で、私は彼とフォークダンスを踊れなかったショックから立ち直れていた。寧ろ、これで良かったのではないかと思ったほどだ。
 だが、すぐに考えが変わった。
「来年は一緒に踊ろうな」
 列に並ぶ直前、姫条君がこう囁いたのを私が聞き逃さなかったからである。私は彼の言葉に大きく頷いた。
 姫条君が言ったようにもしもフォークダンスの神様がいるのなら、来年こそは絶対に好かれたいものである。そして叶うことならば、その時までには私と姫条君の関係もより親密になっていてほしいと願うのだった。













これも事情でアップが遅れたSSです。
実は……元々は王子&主人公で書き、その後に和馬&主人公で仕上げ、
肉付けで臭い台詞を追加してまどか&主人公でこうして日の目を見たのでした。
フォークダンスって独特のドキドキ感がありますよね。
今思えば全然大したことがないのに、当時は緊張したものです(笑)
(20020926 UP)