【「そっちなの?!」】



 今日は、年に一度の体育祭だ。生徒は全員、朝から体操着に着替え、クラスの総合優勝に向けて身体を動かしている。
 パン食い競走に出る私は、アナウンスによって登録選手の集合がかけられたので、入場門に向かって移動していた。
 その途中、水飲み場の前で私は姫条君に会った。彼はいつも通りの人懐っこい笑顔を私に向ける。
「お! 今日も元気そうやな」
「私、これからパン食い競走に出るの。姫条君は?」
「俺は障害物競走と、クラス対抗の選抜リレー。
 パン食い競争は次やん! クラスはちゃうけど俺は自分のこと応援してるな」
「有難う」
「ゴール付近で待ってるで。俺の胸に飛び込む勢いで走ってきいや」
「あはははは」
 私は姫条君の言葉を笑ってやり過ごすと、彼と別れて再び入場門へ走りだした。


 パン食い競走が始まり、選手登録をした生徒達が次々とトラックへ走っていく。
 いよいよ私の番になった。緊張しながらスタート位置に並び、スターターの合図を待つ。
「位置について、用意、スタート!」
 パンッと競技用の空砲が打ち鳴らされた。私は全力で走る。お陰で、スタートから数十メートル先のパンに辿り着いた時は一位だった。
 私はパンを見上げた。端から見ていた時より、随分高い位置に吊るされている。口を大きく開けて垂直に飛ぶが、パンはするっと抜けてしまった。空振りした私の歯は、がちっと音を立てて合わさる。
 数回に渡るチャレンジの後、やっとパンを捕まえることができた。私は大急ぎでゴールに向かって走る。後ろから足音がドタドタと迫ってくるのが聞こえてきたので、懸命に足を動かした。
 頑張った成果が出て、私は一位でテープを切れることができた。嬉しくて、両手を空に突き上げる。
 私はパンを口から外し、記録係に自分が一位であることを示してから、その場を離れた。すると、本当にゴール付近で見守ってくれていたらしい姫条君が、ニッと笑いながら私を出迎えてくれる。
「おめっとさん。凄いやん、自分」
「うん、頑張ったから」
「特に、パンを口にくわえた後の走りっぷりが良かったわ。鬼気迫るもんがあった」
「……」
 そんなに凄い形相で走っていたのかと、私は恥ずかしくて顔に血が昇る気がした。しかし姫条君の方はあくまで褒め言葉として言ったようで、悪意は全然無さそうである。
 ふと、姫条君の視線が私の手元に注がれているのに気付いた。
「姫条君、もしかしてお腹空いてる? パン、半分あげようか?」
「ほんまか?」
 私はアンパンを半分に割った。本当は一個丸ごとあげてもよかったのだが、食べていないとはいえ、私が競技で口をつけてしまっている。私はきれいな方のパンを差し出した。しかし姫条君はさっと手を伸ばすと、私の歯形が残っている方を取ってしまった。躊躇いなく、パンを一口大にちぎって食べ始める。
「あ!」
 私がびっくりしているなか、姫条君はぺろりとそれを平らげてしまった。
「うん、めっちゃ美味しかった。ゴチでした」
 姫条君は満足そうにこう言うと、私に手を振って立ち去っていった。私は残りのアンパンを持ちながら、呆然と立ち尽くす。
 その場に一人残された私は、残りのアンパンをゆっくりと口にする。これまで何度も食べ、よく慣れた味のはずなのに、今は何故だか特別美味しく感じられた。
 全部食べ終わり、私は両腕を伸ばして大きく伸びをする。残りの競技も頑張ろうと、いつになく素直に思えた。
 そう思えたのは、パンを食べたせいだけではないはずだ。私は空気をたっぷり吸い込み、姫条君の応援をするべく応援席に移動し始めた。













近頃は専ら借り物競走ですが
ゲームを始めた当初は、パンをあげるイベントが好きだったので
パン食い競走で頑張っていました。タイミングが難しい……。
個人的には、失敗して地面に落ちたパンをあげる方が好き(笑)。
男の子が文句なく食べる場合もありますよね。
(20020801 UP)