【コンプレックス】



 二年生になった春の新学期の朝、私は憂鬱な気持ちで登校した。
「はぁ……」
 口から自然に溜め息が漏れてしまう。嫌だ嫌だと思いながら、それでも登校しない訳にはいかないので、私は重い足を必死に動かす。左、右、左、右……。
 角を曲がり、もうすぐ学園に着くというところで、後ろからポンと肩を叩かれた。振り返ると、有沢志穂さんが立っている。
「おはよう」
「おはよう、志穂さん」
 春休み中は全然会わなかったので、志穂さんの顔を見るのも約二週間振りだ。相変わらずのすらっとした痩せた身体、毅然とした意志の強さを表すような品の良い顔立ち、おまけに才女とあって私は羨ましい限りである。
 志穂さんは、私の顔をじろじろと見ながら言った。
「どうしたの。顔色が悪いわよ。新学期早々、風邪でも引いたのかしら」
「え、そう? 風邪は引いてないんだけど、今朝はご飯を抜いてきたから、お腹が凄く空いてるの」
「朝にしっかり食べないと、脳の働きが悪くなるのよ。しっかり取るべきだわ」
「それは分かってるんだけどね」
 私は乾いた笑いを繰り返した。いつもは、ちゃんと朝ご飯を食べているのである。志穂さんのように脳の為ではなく、朝起きると必ずお腹が空いているので、食事抜きで登校するのは滅多になかった。今日も……正確に言えば昨晩からずっと空腹なのだが、今の私に食事はできないのである。
 私は胃の辺りを左手で押さえた。
「今日、身体検査があるじゃない。実は体重が増えちゃって……少しでも減らしておきたいの」
「馬鹿ね」
「うう……」
 志穂さんは、呆れたような冷たい目を私に向けた。それは私にもよく分かっているので反論できない。頭で理解できても、食事を抜かない訳にはいかなかったのだ。
「健康に障害がでるほどの肥満ならともかく、ごく普通の体格なんだから平気でしょう? それに、体重が公表される訳じゃないのだし」
「でも!」
「そんなことで悩んでいるだなんて、私にはあなたが羨ましくて仕方ないわ。私の悩みは、もっと深刻だもの」
「え?」
 こんなにスタイルが良いのに悩みとは一体何であろう? 私は志穂さんの次の言葉を待った。
「私、また身長が伸びたみたいなの。最初は気のせいだって無理矢理自分を騙していたんだけど、流石にもう誤魔化せないわ。
 体重の増減なら、自分の意思である程度どうにかなるじゃない。太っているのが苦痛ならダイエットをすれば良いのだし、痩せ過ぎに悩んでいるのなら過剰にカロリーを摂取していれば嫌でも太るわ。今日のあなたみたいに、朝食抜きで慌てて体重を減らすというのは賛成できないけれど、自分のベスト体重を維持するのは私も大事だと思う。
 でも、身長はそうはいかないの。私なんか……背を低くしたいと強く願っているのに、ちっとも叶いやしない」
「……」
 今までに交わした会話やメールの中で、志穂さんがその背の高さに悩んでいるのは私も知っていた。確かに平均よりは高いが、私は彼女を変だと思ったことはただの一度もない。長身な女性なんて街でもよく見かけるし、ファッションでもヒールのある靴を履いて背を高く見せるのが定番となっているので、志穂さんが何故そこまで深刻そうに言うのか、私には同情できない悩みだった。でも、コンプレックスなんて人それぞれである。私の体重増加が志穂さんにとって問題でないように、志穂さんの長身はそれだということだ。
 私は励ますつもりで言った。
「今までに何度も言っているけど、私は背の高い志穂さんを素敵だと思っているよ。
 何だか、無いものねだりなんだね。私達って」
「ふふ、そうね」
 私達は、はばたき学園の校門を抜けた。春になって新入生が入ってきた学校は、どこか新鮮な空気が漂っている。
 私と志穂さんは、今年も違うクラスだった。少し離れているそれぞれの靴箱で上履きの靴を出し、それに履き替える。生徒で賑わう高校の廊下を歩きながら、志穂さんが横の私を見た。
「ねぇ、放課後は時間あるかしら?」
「バイトも無いし、平気だよ。一緒に帰る?」
「えぇ。もし良ければいつもの喫茶店でお茶できない?」
「あ、賛成! 確か、四月から新しいデザート菓子が入るんだったよね。それを食べてみたい」
「ダイエット、するんじゃなかったのかしら?」
 志穂さんは意地悪そうにくすりと笑う。
「あ──今日の測定が終わっちゃえばいいのよ。後は、水着を着る頃になるまで何とかする」
 私がこう言い切った時に、丁度志穂さんの教室の前に着いた。私のクラスは一つ奥の隣だ。
「じゃ、後でね」
「えぇ」
 私達は、軽く手を上げて挨拶をして別れた。もうすぐHRである。ろくに水分も取らず、食事もしていない私はフラフラだ。体重測定なんてこなければいいという思いと、どうせやらなければいけないのだからとっとと終わってくれという思いで、私の心の中は一杯だった。


 その放課後、約束通りに私は志穂さんと学園正門前で待ち合わせた。普段、登下校で歩いている道を途中で駅方面に向かって曲がる。小さなお店が並ぶ一角に、目的の喫茶店があった。
 時間帯が悪いと満席だったりするのだが、今日は大丈夫だった。幸い、窓際の席が空いていたのでそこに座る。私はお腹が空いていたので、店の新作商品だというフランスの伝統菓子クグロフとアッサムティーを頼んだ。志穂さんはアイスピーチティを注文する。
 早速運ばれてきたクグロフに、私は嬌声を上げた。一口食べた後、フォークの柄を志穂さんに向けて勧める。志穂さんは綺麗な仕種で、クグロフを食べた。飲み込んだところで、にっこりと笑う。
「クグロフってね、あの王妃マリーアントワネットのお気に入りだったのよ。故郷であるオーストリアから彼女がフランスに持ち込み、それを広めたらしいわ。今では素朴なお菓子と思われているけれど、当時は滅多に食べられない家庭菓子だったの」
「じゃあ、有名な『パンが無ければケーキを食べれば良いのに』の“ケーキ”だったのかもしれないんだ?」
「それはどうか分からないわよ。だって、これはパンとケーキの間にあるようなお菓子だもの。もしかしたら“パン”の方だったかも」
「あぁ、そうか。パンにしてはとても贅沢品だと思うけど、ヴェルサイユでは当たり前のように食べられていただろうしね」
 そんな会話をしながら、私達はお茶を楽しんだ。
 飲み物もクグロフも半分以上減った時、志穂さんがぽつりと言った。
「身体検査の結果はどうだった? 私は、やっぱり背が伸びていたわ。それも二センチ」
「私も体重増えてたの。夏に向けて、本気で頑張らなくちゃいけないみたい」
 最近、何を食べても美味しいので、食欲に任せていたのがどうも悪かったらしい。私のお腹には、有難くない脂肪がついている。
 志穂さんがアイスティーをストローで啜った。
「いいわね。私も身長をダイエットしたいものだわ。
 あぁ、何をやったら小さくなれるのかしら。いえ、高望みはしないわ。とにかく、これ以上伸びたくないの。前にもあなた宛のメールで書いたけれど、日光に当たると伸びると聞いた時はなるべく外出を避けたわ。家にいる時だって、昼間から部屋の遮光カーテンを閉めっぱなしにして暮らしたの。親は呆れていたけどね。
 雑誌の広告だって、身長を高くするものはあっても低くするものは無いのよ? これって随分依怙贔屓だと思わない?」
「う……ううん……どうかなぁ」
 私は顔が引き攣ってしまった。本当は、陽に当たると背が伸びるだなんて迷信だと思っているのだが、真剣に悩んでいる相手を頭ごなしに否定するというのは可哀想である。かといって、相槌を打つのも変だ。こんな曖昧な返事を志穂さんが望んでいるとも思えなかったが、私にできる妥協で許してもらうことにした。
 尤も、志穂さんは私の返事などどうでも良かったらしい。全然聞いていない感じで細い首を二〜三回左右に振ると、ストローでガラスのコップの中をぐるぐると回した。
「私、背を低くする為だったら、犯罪以外なら何でもすると思う。
 そうだ! あなたって葉月珪と親しかったわよね」
「会ったら挨拶をする程度だよ」
 とはいえ葉月君はいつも一人でいるから、こんな間柄でも彼にしたら私は親しい方なのかもしれない。
「ほらモデルって、仕事上、背を伸ばしたり痩せたりすることに凄く執着するじゃない。彼、モデル仲間から背に関しての話を聞いていないかしら? 私はこれ以上背を伸ばさないように、その逆をやってみようと思うの」
「でも葉月君って、積極的に人間関係を作るタイプじゃないから、そういう話をモデルさん達としてるのかなぁ……?」
「お願い!」
「……うん、聞くだけ聞いてみるけど……あんまり期待しないでね」
「えぇ! 有難う!!」
 志穂さんは、まるでもう背が低くなることが確定したような喜びを顔に表して、残りのアイスピーチティを飲み干した。私はといえば、葉月君にこの件を尋ねてみることは全く苦ではない。ただ、その結果を知った時の志穂さんを想像すると、心が痛んでしまった。
 誤魔化す為に、フォークでクグロフの欠片を突き刺す。粉砂糖のほのかな甘味が、私の僅かな憂鬱を吹き飛した。



 翌日のお昼休みに、校舎裏で一人昼食を取っている葉月君を捕まえた私は、早速例の件について尋ねてみた。
「知らない」
 予想通り、最小限の返答をされる。
「あの……些細なことでもいいから、何かないかな? ちょっとぐらい眉唾ものな噂話でもいいの」
「さぁ」
「──」
 葉月君はとても素っ気無い態度である。本人に自覚はないらしいが、周囲はいつもこれにびびって彼に近付こうとしない。私は葉月君の応対に慣れてきたから平気だけれど、そうでなかったら勝手に傷付いてしまったかもしれない。
「それじゃ、もう一つ聞くね。今までに“陽に当たると大人になっても背が伸びる”って噂を聞いたことがある?」
「はぁ? 何だ、それ」
 葉月君が、目を僅かに細めてクスッと笑った。
「そういう話があるらしいの。私はそんなことないって思っているけど……もしこれが本当だったら大変だなと思って」
「俺も初耳だ。子供の成長段階において、日光を浴びることはある程度必要だと本で読んだことはある。でも、大人っていうのは聞いたことがないな。それじゃまるで、植物じゃないか」
「“植物”? 言われてみれば、そうね」
「その噂が本当にあるのなら、どこかでねじ曲がったのかもしれない。もし本当だとすれば、今頃世界中のモデル達が日光浴で忙しくなるぜ。日焼けによる皮膚のダメージと引き換えに」
 その光景を想像した私は、つい笑ってしまった。しかし志穂さんの為にも、ここで呑気に話を終わらせる訳にはいかない。気を引き締めて、私は次を尋ねてみた。
「……凄く個人的なことなんだけど、葉月君は背の高い女の子をどう思う?」
「別に」
「もしも葉月君に好きな女の子がいて、彼女が葉月君よりも背が高かったらどう? 嫌だと感じる?」
「俺は何とも思わない」
「あ、本当?」
「そういうのは……人によるだろう? 外見ばかり気にする奴にとっては、大問題になるかもな」
「なるほど。本当にその人を好きだったら、顔や背の高さなんて二の次だもんね」
 私には、志穂さんについて気になることが一つあった。まだ一度もはっきりと言われた訳ではないが、志穂さんには好きな人がいて、彼が──志穂さんよりも背が低いのだ。元々あった長身への嫌悪が、これによって更に助長されてしまったらしい。端から見ている私としては、「それは気にしない方が良い」と言いたいけれど、あまりにプライベートに踏み込んだ問題であるので、どうしても躊躇してしまう。
 しかし、私は葉月君の言葉のお陰で迷いが少し吹っ切れた。
「葉月君、色々と変なことを聞いてごめんね。でも、有難う」
「なぁ、これって……お前の話?」
「え?」
 私はびっくして大声を上げてしまった。葉月君にそう受け取られるとは思ってもみなかったからだ。
「まさか。だって私、そんなに背が高くないもの。見れば分かるでしょ?」
「いや、背の低い男が好みなのかと思った」
「あはははは、背の高さは別にこだわらないよ。尤も、私より小さい男性って、あまり見かけないけどね。
 寧ろ問題なのは、身長よりも体重なの。せっかく朝ご飯を抜いたのに、身体検査では前回よりも増えてて嫌だったな」
「それで昨日は顔色が悪かったのか。食事ぐらい、しっかり取れよ」
「……うん」
「今度、雑誌の撮影で数人の女性モデルと一緒になるから、危なくないダイエット法を聞いておいてやるよ」
「えぇっ? ぜ……是非お願いしますっっっ!!」
「痩せたら、海へ行こうな」
 結局、志穂さんに役立つ話ではなく、私個人の要望を葉月君にお願いする羽目になった。しかし私の方も、来る夏の為に手を打たなければいけないので、遠慮などしない。熱く何度も念押しをし、彼に礼を言ってその場を離れた。


 私は、少し浮かれていたのかもしれない。
 再び放課後を迎えて、私の教室にわざわざ足を運んでくれた志穂さんに、「何か嬉しいことでもあった?」と尋ねられてしまった。私がそうであった理由は、勿論先程の葉月君の発言によるものだが、志穂さんの望みが叶わなかった事実を踏まえると、べらべらと喋る気になれない。
「そうかな? 別に普通だよ」
 私は平静を装って返事をする。志穂さんは何かを含んだような曖昧な表情をした。
「ところで、葉月君にあのことを聞いてくれた?」
「う、うん。えっと──」
 教室内には、まだ数人の生徒が残っている。私は志穂さんを促して、人がいない教室の隅の窓際へ移動した。窓の外からは、グラウンドで部活動に励む生徒達の声が聞こえてくる。穏やかな雰囲気だが、これから言わなければならないことを考えると、気が重かった。
 志穂さんが、少し苛ついたように言う。
「あまり焦らすようなことをしないで」
 私はごくりと唾を飲んだ。そして、勢いをつけて早口で一気に言う。
「葉月君も、背を低くする方法を知らないって。それと、太陽光線を浴びたらと背が伸びるっていう噂も、聞いたことがないって言ってた」
「……そう、やっぱりね」
 志穂さんは落胆した様子もなく、あっさりとこう言う。それが私にとっては意外で、思わず聞き直してしまった。
「『やっぱり』って?」
「あなたも聞く前から思っていたでしょう? 背が低くなる方法なんて有り得ない。葉月君に聞くだけ無駄だって」
「──」
 私には答えられなかった。その態度で、志穂さんには私の心の中が知られてしまっただろう。ばつが悪くて落ち着かない私をよそに、志穂さんがさばさばと言葉を続けた。
「私は……何かを聞ければ良いなと本気で望んであなたに託したけれど、私自身も心のどこかで諦めていたのよね。
 別に平気よ。背が低くなりたい願望に自分が振り回されているのも、いい加減に長身の自分を受け入れなくてはいけないのも、よく分かっているの。
 分かって、いるんだけど……ね、ずっと悩んでいることだから、すぐに割り切れないのよ」
「志穂さん」
 私は彼女に掛ける言葉を持っていなかった。
 葉月君に尋ねた後に、私はこの場面を頭に何回も思い浮かべていた。想像の中での志穂さんは大きなショックを受けており、私は慰めと共に幾つかの説教めいた言葉を放ったのだ。単純な私にとってそれは言うべき言葉だと思えたし、抵抗など全くなかった──はずだったのに、今はもう全部が消えてしまった。
 私は志穂さんの背中をそっと叩く。その手に、私の中の思いを詰めたつもりだ。
「志穂さん、帰ろう」
「えぇ、そうね」
 志穂さんは、いつものように静かな笑みを浮かべた。


 今日も一緒にお茶をしようと私は志穂さんを誘ったが、塾があるといって簡単に断られてしまった。私は、役立たずで終わってしまった償いと彼女への慰めの気持ちを込めて奢ろうと思っていたので、肩透かしを喰らったことになる。少し残念に思いながら、また次の機会があるさと私は考えた。
 すっかり人がいなくなった校舎を抜け、私達は校門へ向かって並んで歩く。私は志穂さんと話していたので、彼女のいない方に全く気が入っていなかった。人の気配をふと感じて振り向くと、歩きながら分厚い本を熱心に読んでいる男子生徒がすぐ傍にいて、今にもぶつかりそうではないか。向こうも私の存在に急に気付き、二人揃って慌てて身を翻す。
「わっ!」
「あぁ?」
 男子は守村君だった。彼の持っていた辞典のような本は重く宙を舞い、ドサッという鈍い音を立ててコンクリートの地面の上に落ちた。それは大事な本であろうに、守村君はそれには目もくれず、なさけない格好で倒れかけた私の方をおろおろと見た。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「……うん、平気。守村君は?」
「僕も大丈夫です」
「でも本が──」
 私は、本が落ちたはずの場所を見た。しかしそこにはない。
「はい」
 本は志穂さんが既に拾っていた。彼女はハンカチを出して埃で白く汚れた表面を拭いた後、守村君に両手で渡す。
「どうも有難うございます。ハンカチを汚してしまって……すみません」
「いいえ。これは洗えば平気だけど、書籍の汚れは取れないから。大丈夫だと良いけれど」
「あぁ、お陰様で綺麗ですよ。本当に有難うございます」
 何だか良い雰囲気だなと私は思った。真面目という以上に、この二人は似ている部分が多い。
 そうだ! と、私は案を閃いた。二人の間に割って入ることを悪く思いながら、私はすぐに実行する。
「ねぇ、守村君」
「はい」
「守村君って、背の高い花をどう思う? 好き?」
「背の高い……花、ですか。勿論、大好きですよ。実は、今も僕の家の庭には──」
 守村君は、自分の得意ジャンルとなると過剰に饒舌になる。これも一応案のうちだが、私は花の名前に精通していないので、守村君の言葉は私の右耳から左耳に通り抜けていった。一方、花屋でバイトもしている志穂さんは、頷きながら熱心に話を聞いている。
「──なんですよ。分かって頂けますか?」
「えぇ! 何て素敵なんでしょう!」
「……う、うん」
 勿論、先の返事が志穂さんで、後が私のものだ。情けないが仕方がない。気を取り直して、肝心の質問をした。
「じゃあ守村君、背の高い女性はどう? 例えば……志穂さんみたいな」
「えええ?」
 志穂さんが、目を見開いて素頓狂な声を出した。何を言っているんだと、私の脇腹を腕で突く。そう、私は志穂さんが守村君のことを特別に思っているのに気付いている。先に私がコンプレックスの元だと指摘した対象も、この彼だ。
 守村君は、私が“志穂さん”という非常に分かりやすい実例を挙げたせいで、顔を真っ赤にしながら口籠ってしまった。この状況に慌てた私が付け加える。
「守村君! 志穂さんって、背が高くて素敵だと思わない? 私、憧れているの」
「え、えぇ……有沢さんは凛とした一輪の花のようで、とても可憐で──って、僕は一体何を言っているのでしょうね。はは……ははは」
 途端に志穂さんの頬が紅潮した。照れながら顔を俯かせる。守村君の顔も、これ以上ないというぐらいに赤く染まっていた。
 よし! と私は拳に力を込めた。私の予想では、守村君の方もまんざらではないはずだった。だからここで守村君直々に肯定してもらえたら、志穂さんの気持ちも少しは和らぐと思ったのだ。逆に、守村君が引いてしまう可能性も僅かだが考えられたので、賭めいた部分もあったが……無事、成功したようである。
 二人共、同じように顔を赤くしている。私は足音を立てずにそうっと離れて、頃合を見て言った。
「それじゃ、私は先に帰るね!」
 私は逃げるように全速力で走った。背後から、志穂さんと守村君の声が聞こえてきたけれど、振り返らずに急ぐ。もう追いかけてこないだろうというところで止まった私は、ようやく後ろを見た。案の定、志穂さん達の姿はない。おそらく、私の後を二人一緒に仲良く帰っていくはずだ。
 弾んだ息を整えて、私は両手を挙げて万歳をした。きっと明日になったら、複雑そうな顔をした志穂さんから、余計なお節介をしたと怒られるだろう。それでも良かった。志穂さんが、前向きに長身のことを受け止められれば充分である。あの二人がくっつくかどうかは、その後のおまけのようなものだ。
 私は一人勝手に良いことをした気になって、歩いていた足が自然にスキップを踏み出した。しかし、身体が重いように思えて、すぐさま止まる。更に、何となくスカートがきつい気もしたので、鞄を持っていない方の手で腰を触った。やはり一晩経ったぐらいでは、腹の脂肪は消えてくれない。
「……」
 志穂さんには、「他人のことよりも自分の心配をしろ」と言われるかもしれない。自分で調整できる体重が悩みである私は、とりあえず夏の為に本腰を入れなければいけないようだ。
 後で聞けるであろう葉月君の話に期待しながら、私は運動を兼ねて家までの道を走った。













ときメモGSコンテンツを作るにあたって、一番最初に書いた記念のSS。
王子狂の私にとっては、葉月君のSSを最初に書きたかったのですが
内容的にこのSSの方が書き易かったもので(苦笑)。
私も小さな頃は背が高く、それがコンプレックスだったので
有沢さんの悩みは他人事ではないのですよー。
女の子は皆、それぞれに可愛いです。EDも大好き! 仲良く遊びたい。
(20020722 UP)