【これも努力】



 私は、学期末が近くなると途端に勉強をしたくなる性質を持っている。ただ、それは私だけではなく、学生なら殆どの人間がなる症状だ。
 その理由は、楽しい休み前の大きな試練、期末テストだ。
 直前になって必死に頭に詰め込んだところで、そのものずばりが出題されない限り、点数が急激に上がる訳ではない。だが、分かっていても私は悪あがきをせずにはいられなかった。それまで遊んでいた日々はどこへやら、試験の直前になると毎日毎日勉強している。自分の努力だけでは限界があるので、守村君や有沢さんといった優秀な人を捕まえては、分からないところの教えを請いた。夜も、いつもだったら即ベッドに入ってしまうのに、睡眠不足も気にせずにひたすら教科書と格闘している。
 ある朝、私は朝食もそこそこに学校への道を歩いていた。片手には、先日慌てて作った単語帳を握っている。
 あともう少しで正門というところで、後ろからポンと肩を叩かれた。振り返れば、長身の姫条君がいる。
「おはようさん」
「姫条君、おはよう」
「何や随分顔色悪いけど、ちゃんと飯食べてんのか?」
「ご飯は食べているんだけどね。期末前だから、睡眠時間を削って勉強してるの。テスト勉強の方、姫条君はどう?
「うわ、それを俺に聞かんといてくれ」
「今回は氷室先生がはりきっていて、赤点を三つ以上取ったら大変なことになるって噂だよ」
「そうか、本腰をいれてやらなあかんってことやな」
「でも、姫条君ってやればできるタイプじゃない。本気だせば、パッと良い成績取れると思うな」
「ほんまにそう思うか? 
 ……自分がそう言うてくれんなら、何かそんな気になってくるけどな……」
 姫条君は何やら真剣な顔つきでそう漏らすと、私に挨拶をして先に校舎の中へ入っていった。彼の様子が気になったけれど、今は自分の試験勉強の方が大事である。私は再び、単語帳を使った暗記に専念した。



 二週間後。
 悪夢のようなテストが終わった。
 数学は、担任でもある氷室先生に煩く質問しまくったお陰で大丈夫だったが、コンポで手痛いミスをしたのがかなり響いた。
 採点されて次々に返ってくる解答用紙に一喜一憂した後は、学年順位を見なければいけない。はば学では、学年全体での順位表が壁に大きく貼り出されるのである。私が自分の名前を探し出すと、前回とほぼ同じような順位にいた。結果で言うと、丁度プラマイゼロだったのだろう。
 頑張ったからいいか、と自分に都合の良い感想を思ったところで、私は壁に貼られた順位表を再度見直した。学年トップは、変わらず葉月君だ。他に守村君や有沢さんが五位以内に入っている。
「へぇ……」
 学年で上位の成績なんて、常に並み程度の私からすれば羨ましい限りである。どれぐらい更に勉強すれば、私もこの中に入れるのだろうか。そこに待ち受ける地獄のような勉強地獄を想像した私は、はぁ……と溜め息を吐いた。
 “流石!”な人達の名前を見た後は、視線を順々に下げていく。優秀とされる人々の名前がずらずらと並んでいた。
 しかし十位の場所に珍しい人物がいた。その名は“姫条まどか”……彼、である。
「ええ?」
 姫条君には失礼だが、私は思わず自分の目を疑った。もう一度、その部分を見る。しかし何度確認しても、彼は十位となっている。
「嘘!」
 私が驚いたのには、ちゃんと理由があった。姫条君はいつも補習組なのである。いつだったか、バスケ部の鈴鹿君と一緒に補習に励む姿を私は見たことがあった。その彼が急に学年上位に食い込むとは、素直に信じ難い。彼に奇跡が起こったのだろうか。
 そう思っていると、廊下の端からこちらへ向かってくる姫条君の姿が見えた。彼も私に気付いたようで、ひらひらと手を振りながら近付いてくる。
「き、姫条君! 期末の結果を見たよ! 凄いね。頑張って勉強したんだ」
「ん? あ、あぁ……まあ、な」
 姫条君は、ばつが悪そうな表情であさっての方を見る。ふんふんとわざとらしく口笛も吹き始めた。
「どうしたの? 何か変だよ?」
「ちょ……ちょっとこっち来いや」
 ずるずると引っ張られる形で、私は姫条君に連れられて廊下の端に移動した。皆は、先程の順位表の前で騒いでいるので、私達がここにいるのに誰も気付いてはいない。
 姫条君は何度も何度も周囲を見回して、辺りが無人なのを確認する。腰を屈めて、私の耳元に口を寄せ、小さな声で話し始めた。
「このままやったらあかんと思てな。実は事前に頑張ったんや。その──カンペ作りを、な」
「え! “カンペ”って……まさかカンニング?」
 思わず私は大声を出してしまった。姫条君が慌てて口元に人差し指を置き、「しーっ」と注意してくる。
「ちゃう! 話は最後まで聞けや!
 最高のカンペを作ろうと俺は頑張った。なんべんもこれでもかーいうぐらい書き直して、ついに俺は究極のカンペを作ったんや!
 でもな、書いてるうちにそれらをな全部覚えてしもうてん。結局そんなもんに頼らんでも、平気になってしもうてん。これこそ本末転倒! 阿呆臭いやろ?」
「姫条君らしいと言うか、何と言うか……」
 私は呆れて物が言えなかった。姫条君が開き直ったように大きな声で笑う。
「あははは。
 でも、自分が俺のこと“やれば出来るタイプや”って強く言うてくれたし、頑張る気になったんやで。ほんま有難うな」
「うん」
 私は常々、姫条君が能力の出し惜しみをしているように思えていた。彼は面倒くさがっても、本気で取り掛かればちゃんと結果を出してくれる人である。しかも、本人にその自覚がある時は特別だ。
 いつもは学校が嫌だ、勉強が嫌だと言う姫条君だが、きっかけさえあれば化けるはずだった。そして今回の結果は、彼に何らかの変化を与えたに違いない。
 今まで、勉強だけは姫条君に僅かに勝っていた私だが、その位置も危うくなってしまった。私もこれをいい機会に、勉強に対する姿勢を直さなければと強く思い直す。姫条君さえよければ、図書館デートという今までにない新鮮な遊びもするつもりだ。端から“らしくない”と言われるかもしれないが、私達は私達である。別に構わない。
 とりあえず、今回のテストで間違ったところの復習から始めよう。私は早速姫条君に声を掛け、放課後に一緒に勉強しようと誘った。













記念すべき「ときメモGS」十本目のSS。
ただ、書きかけのは沢山あるので、仕上げたのが十作目というだけだったり。
元ネタは、ゲーム中で姫条君が放つ「カンペ作りは得意」発言から。
私はカンペを作ったことがないので分からないのですが
あれも一種のヤマ当てですよね?
……とにもかくにも、そんなことをする暇があったら勉強した方が良いです。
もう一度学生に戻って真面目にやり直したい二十代の私の提案。
(20020805 UP)